梅雨空の日、悲しいお知らせ

 東京も気象庁が梅雨入り宣言しただけあって、昨日も今日も梅雨空だ。

 
◇初物・スイカ
 梅雨スタートの月曜日の朝。
 千葉県のヤマギシの村・成田実顕地から「初物・スイカ」がファーム町田店に届いた。
          
 スイカを並べながら「夏が近い、これからはスイカだ」とワクワクした。


◇悲しいお知らせ
 お店の開店準備が終わって、9時過ぎに高田馬場の案内所に向かう通勤電車に乗っていたら、埼玉県のヤマギシの村・岡部実顕地のエツコさんからメールで訃報が届いた。
 98歳になったコジマ翁が、朝に息を引き取ったという知らせだった。
 コジマ翁とは、いろいろな思い出がある。
 昨夜は、急がれている会の新聞「けんさん」の編集を深夜までやっていたので、そのことをブログに書くことができなかった。
 今日の夕方に、編集にやっとメドが付いて、紙面制作の段階に入ったので、今夜は、コジマ翁との思い出を少し書いてみたいと思う。


◇コジマ翁と中国での思い出
 青年時代を南満州鉄道社員で大陸で過ごしたコジマ翁は、中国には強い思い入れを持っていた。
 中国大使館の書記官や、中国のマスコミ関係の人たちを、ヤマギシの村の春まつりや、参観に、よく誘って連れてきていた。
 中国大使館や中国の新聞社の東京支局が主催する企画にも、よく連れて行ってもらった。
 その時に紹介された何人かの中国の人たちとは、今でも友人として付き合っている。
 コジマ翁夫妻と、北京オリンピックの前の年に、北京を訪れたことがある。
 コジマ翁が北京に来たということで、日本にいたことがある大使館や新聞社の人たち約30人がレストランに集まって、熱烈歓迎、食事に招待してくれたときには、ビックリした。
      
      
      

 また、その北京訪問の時に、一緒に北京で一番にぎやかな繁華街、日本なら銀座のような所の「王府井」に行った。
      
 コジマ翁は、懐かしそうに、お店一つ一つを覗いてはうなずいていた。
 ある靴屋の前で、「僕はここで、満鉄の寮の若者たちに、スケート靴を買ってやったんだよ。」と、60年以上も前の、戦前に南満州鉄道に勤めていた時のことを話してくれた。
 その時の「なつかしいなあ〜」と呟いていた笑顔は今でも忘れない。
 写真は、案内してくれた北京の友人とコジマ翁夫妻。