何を願って社会をつくるか

 昨日(日曜日)の東京新聞を、昨日は出掛けていたので今日読んだら、「時代を読む」というコーナーに、僕が常々注視し、好きな哲学者の一人・内山節さんの『ともに生きる思い』と題した文章が掲載されていた。
          

 ここに内山節さんが書かれたことに、今回もまた、僕は心惹かれたし、僕自身もそうでありたいと強く思ったので、ちょっと長くなるが紹介する。
          
◇内山さんの住んでいる群馬県上野村には、道ばたにも山のなかにも五百体を越える石仏が祀られているという。
 それは道祖神であったり、不動明王であったり、弁財天、馬頭観音であったりするが、それは「有名な仏師が彫ったものでなく、おそらくは村人が一心に彫り、その場所に祀ったのだろう」と書いている。

◇内山さんは「そんな石仏を見ながら、昔の人たちは何を願っていたのだろうか。」と考え、
 そして内山さんは「自然の神々への思いを込めたものもあるだろう。村に災いが訪れないことを願い、村人の病気の治癒を神仏に頼んだことも、人々の死後の極楽往生を願ったこともあったかもしれない。そうやっていろいろな願いを共有しながら、かつての人々は村という地域社会をつくってきたのだろう。」と推測している。
          
◇ここからが、内山さんの問題提起だ。
 「とすると、いまの私たちは何を願いながら、この社会をつくっているのだろうか。」と、僕たちに投げかけている。
 内山さんは「戦後のある時期までは、平和への願いが強く共有されていた。(略)戦争を経験した痛恨の思いが、戦後的願いを生みだし、それが社会の方向性をつくりだしたのである。」という。
 そして「ところが高度成長期をへると、願いの個人化がすすんでいった。私たちはひたすら自分のことだけを願うようになった。自分の健康、自分の就職、自分の未来・・。願いの範囲はせいぜい家族や友人のことまでで、この変化とともにバラバラになった人間たちの社会ができてしまった。」という。
 内山さんは、私たち一人一人の日常抱いている「願いの変化がこの社会をも変えたのである。」と断言している。

◇内山さんは「もしかすると私たちは、他者への祈りや願いを回復しなければならないのかもしれない。」と述べ、原発事故の被害を過小にみせようとする愚劣さや、TPP締結後の影響に憂慮し、
 現在日本の政治や経済の動きに「他者とともに生きていこうという思いが消えている」と危惧して、
 昔の人々のいろいろな願いが、石仏をつくり、いまでも村人たちが石仏に手を合わせるように、
 『今日の私たちもまた、自分の利害を超えた高貴な願いをいだきながら生きていたいものだ。他者のために、自然とともに生きる喜びを、手にしてみたい。』と述べている。