朝倉かすみ著『平場の月』を読む

 昨日は11月頃の気温を思わせる冷たい雨が、降ったり止んだりの一日。
 今朝、屋上に上がったら、ちょっと冷たさを感じさせるが、雨上がりの清々しい空気。
 周囲の風景も気持ちよく目に飛び込む。

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    この白い雲をかぶった頂が、我が家から望む富士山だ。

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朝倉かすみ著『 平場の月 』を読む
 この朝倉かすみさんの『平場の月』は、山本周五郎賞を受賞し、直木賞候補にもなった小説。
 「何となく心に残る物語なんだよ」という読書好きの友人の言葉を、ブックオフのお薦めコーナーで、このタイトルを目にした時に思い出したので読んだ。

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 著者は、タイトルについている"平場"とは、「ごく一般の人々のいる場といった意味だ」とあるインタビューの中で言っている。
 確かに、すぐ隣りに住んで生活しているような50歳代の大人の恋の物語だった。

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 物語は、これからの人生を支え合いながら「共に暮らしたい」と思った女性の死を知ったところから始まる。

 主人公は、印刷会社に勤務する50歳の青砥健将。
 転職、親の介護、離婚を経て今は埼玉の地元で一人暮らし。
 身体の不調を感じて検査に訪れた病院の売店で、中学時代の同級生・須藤葉子に再会する。
 須藤は、中学生の時に青砥が告白したもののふられた相手。須藤にも離婚歴があり、今は一人暮らし。
 「須藤」「青砥」と互いを中学時代の呼び方で呼びながら、2人は「互助会」と称して近所の焼き鳥居酒屋で飲み、お金がもったいないからとそれぞれの家で酒を飲み、今までの人生の出来事を語り合う仲となる。
 しかしほどなく、須藤に大腸がんが発覚。手術を受け、ストーマ人工肛門)をつけ、抗がん剤治療を繰り返す身となった須藤を、青砥は献身的に接し、なんとか須藤を支えようとする。
 そんな須藤は「あくまでもイメージだけど、遺されたひとが片付けやすい部屋を目指し」と言って、ハンコやキャッシュカードなどを入れた文書保管箱を作り、「思い出の品々は処分しておく。他人の思い出の品くらい、始末に困るものはないからね。遺されたひとに捨てる、捨てないを決めさせるのはかわいそうだと」といった生活。
 青砥は、そんな須藤だからこそ、なんとかこれから先の人生を、共に支え合いながら生きたいと結婚を申し込む。
 しかし青砥は、関西弁で「それを言っちゃあかんやつ」と表情をなくし、青砥の「いやなのか?」に「いやとかいいとかじゃないよ。言っちゃあかんのよ」と、それ以降、会うのも拒む。
 そして須藤は、親戚以外には誰にも連絡しないでと妹に言い遺し、青砥を呼ぼうかというと「合わせる顔がないんだよ」とちょっとだけ笑い、定期的な要検査の青砥を思い「青砥は、検査に行ったかな」という言葉を最後に息を引き取る。

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 そんな、一人は病と闘いながら自分の気持ちを密かに整理し、一人はそんな相手を淡々と支えようとする関係。
 若い頃の恋愛とはまた違う、人間同士の慈しみをベースにした、中年男女の恋愛心情を、リアルに、そして見事に描いた物語だった。