小野寺史宜著『 ひと 』を読む

 過去に小野寺史宜という作家の作品を読んだのは『 ナオタの星 』という作品だった。
 今回読んだのは、2019年に本屋大賞第2位となった『 ひと 』
 先週末、文庫化されて書店に平積みされていたので、小野寺史宜の作品なら期待を裏切らないだろうと思って読んだ。
 『 ナオタの星 』という作品だけしか読んでないけれど、小野寺史宜という作家は、登場人物一人ひとりの心理描写に、不思議な魅力を感じる作家なのだ。
 妙に純粋な青年の心理、意識しないのに相手を大切に思う心理など、巧みに描いていて、読んでいて心が温かくなる。
 今回読んだ『 ひと 』も、まさにそうだった。

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 主人公は鳥取県生まれの20歳の大学生。
 そんな主人公の元にある日突然、田舎から母の死の知らせが届く。3年前に父を交通事故でなくしていた主人公は、20歳にして天涯孤独となってしまった。
 母の葬儀を済ませて、手元に残ったお金はわずかな金額。奨学金を受けて学生生活を続ける道もあったが、奨学金は結局借金と思って、大学を中退する。
 一人ぼっちになってしまい途方に暮れ、仕事を探さなければと気持ちは焦り、落ち込んでしまう主人公。
 そんなある日、腹を空かせて当てもなく歩いていた商店街で、目に付いたのが一軒の惣菜屋
 手元の所持金は55円。買えるものは50円のコロッケだけ。買おうとしたけど、その最後の1個だったコロッケを、後ろから来たおばあさんに譲ってしまう。
 そんな主人公に店主は、120円のメンチを勧めるが、55円しかないのを知って50円に負けてくれる。そのメンチを店先で食べながら、手書きのアルバイト募集の貼り紙を見て、「働かせてください」とお願いし、翌日から働きだす。
 そこから物語が展開し、主人公の運命は大きく動き出すのだ。

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 総菜屋の主人夫婦や先輩スタッフや商店街の人達。
 偶然に商店街に来て主人公を見つけた鳥取の高校時代の同級生の女子大生。
 その彼氏で、生まれも育ちも恵まれていると思われる一流大学の学生。
 学生時代のバンド仲間。
 料理人だった父が働いていた店のかつての同僚や女主人。
 それら、たくさんの「ひと」との出会いと、それらが織りなす人間模様の中で、主人公は父と同じ職業の調理師を目指す。
 主人公の一人ぼっちでありながらも、純粋に、実直に、しかし、それを格別に意識しないで生きる姿に、「ひと」は寄り添い、物語は展開する。
 その展開に、不思議な心の温かさを感じながら、主人公のその生き方を応援したくなる気持ちがフツフツと湧いてきて、一気読みに近い感じで読み続けてしまう。
 最後は、人の気持ちを思いながら「目に見えないものを大切に」譲ってばかりいた主人公は、これだけは譲れない「ひと」を見つけて前に歩み出す。
 読者の僕は、実直に生きる青年の成長に、ホッとして心温かく感動して、最後のページをとじることができた。
 そんな不思議な魅力ある小説を描くのが、小野寺史宜という作家なのだ。