鳥羽 亮 著『 荒海を渡る鉄の舟 』(双葉文庫) を読む

 この小説『 荒海を渡る鉄の舟 』は、幕末の江戸無血開城で重要な役割を果たした山岡鉄太郎(鉄舟)の生涯を描いた物語である。

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 山岡鉄太郎(鉄舟)については、西郷隆盛が「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」と賞賛したという説もあるほどの人物と言われているが、それを十分に理解できる内容だった。

f:id:naozi:20200917204858j:plain鉄太郎(鉄舟)は、徳川家旗本の小野家の子として生まれ、父が天領郡代をしていた飛騨高山で少年時代を過ごす。
 剣の修業に励み、書や学問に親しみ、父の勧めで禅も学ぶ。
 しかし、父の死後、江戸に出て、鉄太郎の人生は大きく変わり、5人の弟たちの面倒を見ながら貧しい生活を余儀なくされる。
 このままでは生活ができないと、弟たちをそれぞれ養子にだし、鉄太郎は更に剣の修業に励み、さらに槍の道場にも通い、めきめきと腕を上げる。
 槍の山岡道場主の死に伴い、道場主の娘と結婚して、山岡姓となり道場を引き継ぐと同時に、幕臣として道を歩み出す。

f:id:naozi:20200917204858j:plain時は黒船来航、尊王攘夷と、激動の時代。
 京の治安維持のために浪士組(後の新選組)を結成し京に赴くが、江戸治安のために直に江戸に戻る。
 江戸に戻った山岡鉄太郎には、幕臣として数々の役目が待っていた。
 鉄太郎は、江戸無血開城を最終決定した勝海舟西郷隆盛の会談に先立ち、徳川慶喜から直々に使者として命じられ、官軍の駐留する駿府で西郷と面会して、江戸無血開城の大枠を交渉し西郷と海舟の交渉の立役者の任を果たしたり、上野に立てこもる彰義隊の説得など、我が身を顧みず命がけで江戸を戦火から守るために幕臣として奔走する。
 維新後は、徳川家の静岡藩権大参事となり、その後、元幕臣でありながら明治政府の要請で、茨城県参事、伊万里県権令などを歴任。
 その後、西郷のたっての要請により、10年間を侍従として明治天皇に仕える。
 このように、山岡鉄太郎は、幕末から明治初期に非常に重要な役割を果たしながらも、地位や役職には全く執着せず、生涯を剣と禅の追求に生き続けて、のちに「一刀正伝無刀流」の開祖となる。

語の後半では、清水次郎長や、噺家三遊亭圓朝らとの交流も描かれており、人間的な魅力、己の信念を貫いた男としての山岡鉄太郎(鉄舟)という偉人の生き方が理解できる。
 文庫・解説に、書評家の細谷正充氏が次のように書いているのも、最後に付け加えておきたい。
「2020年現在、世界はコロナ禍によって、大いなる混迷に陥っている。これから日本の社会や、日常生活がどうなるのか、誰にもわからない。こんな時代だからこそ、本書で描かれた山岡鉄舟の生き方を参考にしたいのだ。」