朝井まかて著『 福袋 』で江戸庶民の生活を知る

 先々週末の出張の際に、電車の中で読もうと思って買った朝井まかてさんの短編集『 福袋 』。時代小説短編が8編の文庫本だ。
 一編読んでは時間をおいて・・と気分にまかせて読んだ。

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 8編共に、江戸時代の江戸を舞台に、市井の人たちの日頃の暮らしの中での喜怒哀楽にあふれた話が物語となっている。
 さすが、朝井まかてさんだ。江戸時代の江戸庶民の暮らしが面白おかしくイメージでき知ることが出来る。

 そんな中でも、実に面白いと思った暮らしを拾ってみたい。
 これは、最後に収録されている『 ひってん 』という短編から。
 「ひってん」とは「貧乏」という意味らしく。「ひってん長屋」に住む寅次と卯吉という2人の話。
 江戸の庶民お暮らしが面白く描かれている。

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 ──寅次は組んだ脚を左手で持ち上げ、純白の端を誇らしげに見せつける。損料屋はいろいろな品を貸し出している商いで、蒲団から鍋釜、そして褌(ふんどし)まで揃えている。褌を買えば三百文もするのだ。そこで江戸の独り者は「いざ祭、いざ吉原」という時にだけ損料屋で借りるのである。──
 ──そもそも、必要以上の家財や物を持とうという考えがないのだ。それは望んでも土台が無理なのだが、土地柄もある。風のきつい江戸はやたらと火事が多く、ひとたび火が出れば何もかも焼けてしまう。ゆえに裏長屋者は物を持たずに暮らし、葬式や嫁取りなどで人が集う際は皿や猪口まで損料屋で借りてくる。それで間に合う。──
 このように「損料屋」というレンタル業を営む商売があったりするのだ。


 そして、物を借りるときには、損料と保証料をとる。
 ──損料とは、品物の借り賃のことである、損料屋の貸し出しの期間はほんの一刻から数年まであって、その長さに合わせて損料を払う。損料には洗濯の手間賃も含まれており、褌は使ったままを返せば良い。損料と一緒に預ける保証料は客が猫糞(ねこばば)するのを防ぐためのものであるので、褌とひきかえに戻ってくる。──


 そんな損料屋を利用して生活する寅次と卯吉は質屋も利用している。
──卯吉と寅次は稼ぎどころか蒲団にも縁がなく、寒い季節には褞袍(どてら)一枚にくるまって、暑くなれば蚊だけはかなわぬので褞袍を質に入れ、蚊帳を請け出す。それでことは足りる。──

 

 実に気楽な、気ままな、物に執着しない、無所有の、ムダのない生活ではないか。
 江戸とは、ほんとうに、こんな2人が生きていける、人情あふれる市井だったのだろうか。そうだとしたら、江戸時代の江戸って凄いと思う。