川端康成著『名人』を読む

 将棋に人生を賭け早逝した村山聖八段の映画『聖の青春』が、松山ケンイチ主演で、現在、公開上映されている。
 ぜひ、観たいと思っているが、まだ観に行く時間をつくれないでいる。
 そんな時に、東京新聞夕刊に川端康成の『名人』が紹介されていたのを読んだ。
       
 将棋、囲碁、どちらも僕はやらない。
 その世界に疎い。
 映画『聖の青春』を鑑賞する前に、囲碁と将棋の違いはあるが、この小説を読んで、その世界に少しでも触れておこうと思った。
         
 この『名人』は、1938年(昭和13年)の6月26日から12月4日にかけて、不敗の本因坊秀哉名人と大竹七段が戦った引退試合のドキュメンタリー小説だ。
 川端康成は、新聞社に頼まれて観戦記者として、その観戦記を書いている。
 第21世の本因坊秀哉名人は、この引退試合で初めて負けた。
 そして引退試合から1年後に、亡くなっている。
 その2人の対局の観戦記をもとに書かれたのが、この小説なのだ。

 囲碁の世界は、まるで疎い僕でも、病身の名人と若手のホープの、持ち時間各40時間、打ち継がれた対局15回、その対局の場の緊張感だけでなく、対局の回りの人々の様子など、その推移を面白く読ませてもらった。
 そして、本因坊名人としての「孤高さ」と、その生き方に心打たれる。
 文中で著者の川端康成は、直木三十五が碁を評した言葉を紹介している。
 『無価値と言えば絶対無価値で、価値と言えば絶対価値である。』
 一芸を極めることとは、それは、その人の「人生にとって何か」を、考えさせられる小説だった。
 文庫本で約170ページと比較的短い小説だが、川端文学の名作の一つであることは間違いない。一読をお勧めする。