『ユートピアの模索・ヤマギシ会の到達点』の著者・村岡到さんが編集長で刊行している季刊誌『 フラタニティ 』が2月1日付で出た。
僕も、この季刊誌に読後感想を連載している。
今回掲載したのは、「終戦直後の沖縄を救った女性」と題して、終戦間もない沖縄で、沖縄の人たちの生活を守るために活躍した女性を取り上げたノンフィクション文庫。
◇奥野修司著『 ナツコ 沖縄密貿易の女王 』(文春文庫)
この作品は、ノンフィクション・ライターの奥野修司氏が12年の年月をかけて取材し刊行し、講談社ノンフィクション賞と大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。
作品にはハードボイルド的タイトルが付いているが、沖縄の終戦間際の混乱の中、生きるための生活物資を、台湾や香港からの密貿易という闇の取引で確保するため、男勝りの度胸と商売の才覚を発揮した実在する一人の女性・金城夏子の壮絶な生き様を描いた物語なのだ。
巻末資料の主要参考文献一覧は6ページに及び230点を超えているし、取材協力者一覧は2ページに匿名を希望した人を除いて、こちらも230名を超えて記載されている。さらに12年の年月と時間を要したのには、戦前生まれの沖縄人なら密貿易や「ナツコ」を知っていながら、沖縄人(特に漁労民族)の特徴のひとつと言われる記述することに意義を見出さない結果として、存在資料が希薄なことにある。
著者はその困難に執筆断念を幾度となく思うが、いま書き残さなければ、沖縄の終戦直後のこの実態は忘れ去られてしまうというノンフィクション・ライターとしての使命が、若くても70代後半の記憶が薄れつつある関係者や証言者を探し当て、詳細に裏付けをとりながら記録した力作である。
当時の沖縄は、真藤順丈氏の『宝島』(講談社)にも「ものすごい数のアメリカーが海から上陸してきて、沖合につめかけた艦隊は地形が変わるほどの砲弾を撃ちこんだ。島民の4人にひとりが犠牲になったあの地上戦」の後「飢えやマラリアに苦しみ、動物のように所有されて、それでも命をとりとめた島民は、こうなったらなにがなんでも生きてやる! と不屈のバイタリティを涵養させた」と描き、飢えと貧苦に居直った島民が生きるために米軍施設から物資を盗み出すといった島民の止むにやまれぬ心情と行動を描いているが、本書では、その米軍基地から略奪した物資や、野ざらしになっている薬莢を拾い集め、あるいは故障し放置された戦車やトラックを解体して得た部品を、台湾の豊かな食料品や薬とバーター貿易するという闇取引を「沖縄のためにやっている」と警察に捕まったときの事情聴取でも、その行為を決して憚ることなく、危険を顧みずに男勝りの度胸と才覚で38歳という生涯を密貿易に賭けた女性を描いている。
著者は、この時代を闇の歴史としてでなく、沖縄人が輝いた光の歴史「ウチナー世(ユ)」ではなかったのか、琉球時代の「唐世」、琉球処分以降の「ヤマト世」、敗戦後の「アメリカ世」、復帰後は再び「ヤマト世」と、時の統治者に翻弄されるだけで自らの時代「ウチナー世」はなかったと言われているが「誰の支配も受けず、誰の手も借りず、占領軍に対抗して自分たちの持てるエネルギーを存分に発揮して生き抜いた密貿易の時代こそ」沖縄人らしい時代と位置づけている。
最後になるが、沖縄の政治家・瀬長亀次郎とも「縄の祖国復帰」という点で心が通じ合い、密貿易で得た多額のお金を瀬長の運動資金に渡していることも記されいる。祖国復帰など口にできなかった時代、政治の世界で立ち上がりシンボル的存在となったのが瀬長亀次郎だとすれば、食料も含めた生活物資の極端な不足の同時代、市井の中から生きるために立ち上がり、密貿易でそれらを確保し沖縄を救ったのが、ここで取り上げられている金城夏子と言えるのではないか。